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ゆる~くだらだら

日常の思ったことをてきと~に書くブログ

【体験談】中学の時に猛勉強して学年1位になったけど、第一志望の高校に落ちて不幸になった話

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はい、ども。

1月も終わりということで、受験生はラストスパートをかけている時でしょう。

もし第一志望に受からなかったとしても、今後の人生においては大して影響はありません。

今はそんな言葉を聞いても信じられないでしょうが、事実です。
歳をとれば、いずれわかるでしょう。

今回は、私が中学生の頃の昔話をしたいと思います。

・勉強とは無縁の環境で育つ

私の地元は福島県の浜通り(相双)地区です。
福島県は、”会津・中通り・浜通り”と3つに別れていて、浜通りが一番学力が低いと言われてます。


浜通りの中でも、”いわき・相双地区”と別れていて、相双地区の方が学力低いです。

学力の低い福島県の中でも、特に学力が低い地域で私は生まれ育ったのです。


周りにあるのは、田んぼばかり。
塾なんてありませんし、あっても通う気すら起きなかったでしょう。

小学校の頃は、ベイブレード・ゲーム・デュエマばかりやっていて、勉強は全くしませんでした。

・学力底辺時代の中1〜2時代

そんなこんなで、中学に上がります。
新しく英語が増えますが、意味がわかりません。

「be動詞って何?それよりモンハンやろ」って感じで、生活は何も変わりませんでした。

ちょうどその頃、PSPのモンハン2ndがめちゃくちゃ流行っていて、みんなやってました。

その1年後くらいに2ndGが発売され、これはアホみたいにやり込んでましたね。

その頃のテストの順位はというと、約120人中80位ほど。
私も相当酷かったですが、周りも酷かったのでビリになることはありませんでした。

で、中2の冬までそんな感じで過ごしてたんですが、ふと不安になりました。


このままで高校行けるのか?

今の学力で入れる高校は、底辺高校しかない。
そんなとこ入っても、ロクな大学に行けないだろうし、ロクな人生待ってないだろ。

危機感を覚えた私は、ポストに入ってた進研ゼミのチラシを申し込んで始めました。


「どうせやるなら、この辺で一番難しいとこ目指そう」

と思って、当時浜通りで一番難しいと言われていた”磐城高校”を目指して勉強を始めたのです。

・危機感を感じて進研ゼミを始める

中2の冬から始めたので、教材は中途半端なところから始まります。

今まで勉強してこなかったので、当然わかりません。
なので、本屋に行って教科書ワークという問題集を買ってやりました。


中1、2年の主要5教科は全て買い、ゴリゴリ進めます。

その甲斐もあり、やっとチャレンジの範囲まで追いつきました。

時間にすると、1ヶ月もかからなかったと思います。


で、2年の終わりに受けたテストで、いきなり15位。

これは嬉しかったですね。
周りのレベルが低かったこともあり、あっという間に成果が出るのです。


それからは、毎月送られてくるチャレンジだけやってました。

・学力を爆上げして、あっという間に学年1位に

その後、3年の最初のテストで4位になり、次に2位になりました。

それからは、1位と2位を行ったり来たりするのが最後まで続きましたね。

福島県には実力テストというのがあり、その点数で行ける高校が大体わかります。


当時は総合で200点あれば、どこでも受かると言われてました。
(一科目50点×5)

私は毎回200を超えてたので、かなり浮かれてました。

周りのヤツらも全員見下してました。


「こいつら真面目にコツコツ勉強してきたのに、ちょっと勉強した俺に抜かされんのかよ。バカじゃぁぁん???」


と常に思ってました。
(天使の心を持った今とは大違いである)


そうなると、勘違いもますますエスカレートして「東大に入れば幸せになれる」「大企業に入って高収入になれば幸せになれる」などと考えるようになりました。

点数でその人間の優劣を決めてたのも、その頃です。

教師とかも、宮教出身(私が入る大学より下であろう)が多かったので、授業を聞きませんでした。


「宮教レベルの低レベルな人間に教わったところで、役に立たない。バカが移るから、クソみたいな情報を聞かせるのはやめてくれ」


当時はそう思ってました。

・受かって当たり前だったのに、なぜか落ちる

受験当日に、磐城高校を初めて見ました。

通える範囲で、私の偏差値に合う高校がそこしかなかったので、受けるのが当然となってたからです。

で、驚きました。あまりのボロさに。


「偏差値高いのに、なんでこんなにボロいねん?」

そんなことを思いながら、教室に入りました。


で、結果。

落ちました。


掲示板に自分の番号が無いのを見つけた時の、あの「今までの努力が一瞬で無に消える」感じは、ほんと嫌ですね。


しゃーないんで、3期で募集してる高校を見つけて入りました。
(1期が推薦、2期が本番、3期は定員割れした高校の再募集)

幸い?浜通りで2番目に偏差値高いと言われていた高校が募集してたんで、運が良かったです。

・暗黒の高校時代の始まり

そんな感じで高校生活が始まったんですが、楽しかった記憶がありません。

田舎だからか、中の生徒の学力差が激しい。

一部は勉強できますが、残りの多数派の生徒は本当に酷いレベルでした。


東大合格者は10年に1人と言われてるし、東北大合格者が1人出れば御の字という高校です。


そんで、周りは高校周辺から通ってる生徒ばかりで、電車で1時間かけて通ってる生徒なんて私1人。

周りは地元出身者の塊だから、すでに関係性が出来上がっていて、なんか気持ち悪い空間が出来上がっている。


入った瞬間にやる気なくなりました。


その1年後にやめることになるんですが、その時の記事はこちら。
www.hiropiroriro.com

・人生は学校で決まらない

何でこんなことを長々と語ったかというと、

必死で勉強したところで、必ずしもいい結果に転ぶとは限らない

からです。

必死に勉強してテストでいい点取って、それまでじゃ考えられない偏差値の高い高校に入ったのに、私は幸せになるどころか不幸になりました。


そのあとに通信制に入ったんですが、そこにはヤンキーやギャルが多かったです。


でも、見た目が酷いだけで、中身は優しいヤンキーが多かった。
(ギャルは知りません)

道でタバコ吸ったり、平日の昼間からイオンで遊んでましたけど、すごく楽しそうに生きてました。(あかんやろ、っていうツッコミは無しで)


人生の幸・不幸は、どこの学校に入ったかで決まりません。


「じゃ、何で決まるの?」と言われると、それだけで記事になるくらい長くなるので、ここでは書きません。

とにかく、受験なんて大したものじゃ無いので、「落ちていいや」程度の軽いノリで受けて大丈夫です。

それが、人生楽しく生きるコツでもあります。